通称、ノンテクって何?
医療介護現場にはテクニカルスキル(専門技術)とノンテクニカルスキル(非専門技術)という2つの世界があります。前者が「患者さんを健康にするスキル」だとすると、後者はそのために「組織で問題解決するスキル」。いくら自分自身がテクニカルスキルに優れていたとしても、それを利用者さんに実際に提供するためには、他スタッフを巻き込みながら、現場のあらゆる問題を組織で解決していかなければなりません。したがって、両者は自転車の両輪のような関係にあり、どちらが欠けても医療介護の質は高まりません。
ノンテクニカルスキルの原点は、1955年にロバート・L・カッツが提唱した「カッツの3つの基本的スキル」にあり、ヒューマンスキル(人間関係力)とコンセプチュアルスキル(論理思考力)を合わせたものが、ノンテクニカルスキルといえます。
日本の医療事故の要因のうち、テクニカルスキルの不足によるものは10%ほどに過ぎず、半数以上がノンテクニカルスキルの不足によることがわかっています。
一方で、医療安全だけでなく、リスクマネジメントや感染対策、業務改善、そして看護計画からリハビリに至るまで、医療行為はすべて患者さんに関する問題解決をしています。なぜなら、問題解決とは「あるべき姿と現状のギャップを埋める」ことを意味するからです。このように考えると、現場で行う業務は常に、患者さんのあるべき姿と現状のギャップを埋め続ける営みであることがわかります。
左は「問題発見型」の問題解決。つまり、現状が悪い状況に陥ってしまい、元の状況とギャップ=問題ができたため、それを埋めるという営みです。医療事故や感染事故、クレーム対応などがこれにあたります。通常「問題解決」というと、こちらをイメージしがちですが、これは正しい問題解決の考え方の半分にすぎません。
右は「問題設定型」の問題解決。つまり、一見問題がなくても、その現状に満足することなく、あるべき姿を描き、意図的にギャップ=問題をつくりだし、それを埋めるという営みです。病院の理念にあるような「最適な医療」「より良い医療」などがこれにあたります。
このように考えると、医療に「問題はありません」という答えはないことに気づくはずです。なぜなら、それは「現状に満足しています」と言っていることに等しいからです。常に最適な医療を提供し続けることが医療者の使命であれば、進むべき道はただ1つ、「問題解決する」道だけなのです。
テクニカルスキルと一言で言っても、医師や看護師ごと、内科や外科ごとに数多くのスキルがあるように、ノンテクニカルスキルもたくさんのスキルがあります。ただ、そのなかでも一番大事なスキルがあります。それは、料理に例えると「レシピ」です。では、誰でも美味しい料理をつくることができる(良い問題解決ができるようになる)レシピとはなにかを、次のレシピを使っていない議論(イケてない議論)とレシピを使った議論(イケてる議論)で理解していきたいと思います。
なぜイケてる議論は問題解決できたのかを、Before-Afterで考えてみましょう。
どんな問題も必ず、
問題(What)→原因(Why)→対策(How)
の順番に議論していくことで、
あるべき姿に現状を引き上げていくのです。
この問題解決のレシピのことを、それぞれの英語の頭文字をとって2W1Hといいます。
2W1Hをもとに普段の現場での問題解決を振り返ってみると、漠然とした問題に対して、いきなり「どうしましょう?」といった問いかけをしてしまっていませんか?言葉というのは「考えるための道具」です。「どうしましょう?」という言葉は、「対策の話をしましょう!」と言っていることと同じですから、この言葉を使ってしまった瞬間に、他のスタッフの頭の中が「対策のことを考えるんだな」という意識になってしまいます。
その結果起こるのが、対策を立てたはずなのに同じ問題が起こり続けるという、問題解決の「イタチごっこ現象」です。なぜ同じ問題が起こるのかというと、対策が正しくないから。そして、なぜ対策が正しくないのかというと、原因を考えていないからです。
したがって、問題解決を議論するとき、問題を正しく捉えたあとに、いきなり「どうしましょう!」という言葉を使うのは禁止してください。
その代わりに使う言葉は、「なぜ?」「なんで?」。この言葉を使うことで、議論している全員が「原因のことを考えるんだな」という意識に変わっていきます。なお、これは「Aが良いと思います」と言ったように、対策の意見が出てきたときにも有効です。「では、なぜAが良いと思ったんですか?」と聞くことによって、そのスタッフは原因の説明をせざるを得なくなるからです。
では、原因を考えるとはどういうことか。ともすると、「RCA分析」とか「なぜなぜ分析」といったように、原因分析は難しく捉えてしまいがちですが、けっしてそんなことはありません。問題解決のイタチごっこ現象に陥らないためには、正しい対策を考えなければなりませんが、とはいえすぐには思い浮かばないはずです(そうでなければ苦労しません)。ですから、正しい対策を思い浮かぶためには、なにかきっかけとなるアイデアが必要です。それが、原因を考えるということ。つまり、原因を考えるのは「アイデアを集める」ためなのです。
「原因を考えるのはアイデアを集めるため」。このことを、自転車とられた問題を例に見ていきます。
例えば、少し離れた間に自転車をとられた自分をイメージしてみてください。愛用する自転車がとられたというのを、鍵をかけ忘れた事が原因であれば、対策として「鍵をかける」が思いつきます。しかし、しっかりと鍵をかけたのに、またとられてしまいました。
「そうだ!鍵をかけよう」といった対策は、「そういえば鍵をかけてなかった」という原因だけを直感で決めつけて行動しているだけです。ただ、それで本当にこの問題を解決することができるでしょうか?
もし、他に考えられるアイデアを集めたらどうでしょうか。実は、自転車を停めたエリアは放置自転車が多く、取り締まり強化をしているエリアでした。そして、このエリアは高級住宅街から近い駅前で、実際にのっていた自転車は数万円する高級ものでした。さらに、普段の移動はもっぱら電車で、自転車での行動範囲は電車でまかなえる程度です。次に自転車にのる機会がいつになるかはわかりません。
これらの原因をアイデアとして立ち止まって把握することができたのであれば、取るべき対策は全く変わるはずです。これが、アイデアを集める(原因を考える)ことの意義です。
そして実は、原因を考える目的はもう1つあります。これは、ある意味ではアイデアを集める(対策の質を高める)よりも重要なことといえます。それは、現場の「納得感をつくる」ことです。現場でコミュニケーションをとる時に、先ほどの自転車問題のように原因が網羅されているとその後の対策に根拠のある説明ができるようになります。
隠し味としてビッグワードを使わない。ただ、これだけです。「論理的思考」「ロジカルシンキング」「クリティカルシンキング」といった、物事を論理的に考えるための技術は世の中に沢山あります。しかし、例えば「論理的思考の基本は演繹法と帰納法の2つがある。演繹法とは、A=B、B=C、ならばC=Aとなる・・・」といったことをいくら覚えても、臨床で使い物にならなければ意味がありません。学術の世界が「正しいかどうか」の世界であれば、臨床の世界は「役に立つかどうか」の世界だからです。一方で、この隠し味は「世界で一番シンプルな論理的思考」と言えます。では、そもそも「ビッグワード」とはなにかを、医療において代表的な次のビッグワードを通じて考えていきたいと思います。
例えば「QOL」という言葉です。「QOLってなんですか?」と聞かれたら、当然「生活の質です」と答えます。では、「あなたにとって生活の質ってどういうことですか?」と聞かれたら、みなさんはどう答えますか?「幸せに暮らすこと」「美味しいものを食べること」「楽しい日々を過ごすこと」など、人によってQOL(生活の質)の捉え方は異なるはずです。一見当たり前のように感じますが、実はこれは怖いことだと思いませんか?なぜならば、ある患者さんのQOLを高めるための議論をしているときに、スタッフごとにQOLの捉え方が異なっていると、向かうべきゴールがバラバラになってしまうからです。それで本当に、その患者さんのQOLを高めることができるのでしょうか?このように、たとえ読み方が同じであっても、それをどう捉えているのかが異なる言葉があります。
「QOL」のような言葉のことを「ビッグワード(あいまいな言葉/抽象的な言葉)」と言います。では、世の中にどのようなビッグワードがあふれているかを、次の「ビッグワード警報・注意報」で確認してみてください。
では、人はなぜビッグワードを使ってしまうのでしょうか。それは、「ビッグワードを使うとコミュニケーションが楽になるから」です。「患者さんのQOLを高めましょう!」という意見に対して、「QOLを高めるべきじゃない!」という反論は起こりません。「責任を持って業務します!」という意見に対して、「あなたは責任を持つべきじゃない!」という反論も起こりません。ビッグワードを使えばあいまいなコミュニケーションでやり過ごすことができるので、とても楽なのです。
この背景になるのが、「人は性善説でも性悪説でもなく性弱説にもとづく」という重要な捉え方です。人は本来弱い生き物だからこそ、楽なほうに逃げてしまう。だからこそ、性弱説にもとづき、逃げ道(ビッグワード)を意図的に断たなければならないのです。
学びは自組織の事例に引き寄せることが大切です。では、みなさんの普段の業務で、どのようなビッグワードを使ってしまっているかを、一度考えてみてください。ビッグワードは、日常用語だけではなく、専門用語や略語にいたるまで、あらゆる言葉があります。
例えば、リハビリ業務では「◯◯さんのTUGを測ってください」といった「TUG」という言葉が使われます。みなさんは、この言葉がなにを意味するのかわかりますか?簡単にいえば、「椅子に座った状態から、3m先の折り返し地点を回って帰ってくる」という検査です。当然ながら、リハビリスタッフ間では意味を理解しているので問題ありません。ですが、例えば多職種間で議論するとき、その人たちがTUGという言葉の意味を知らなければ、バランスや転倒リスクに関する議論に参加できません。このように、他の職種、分野、施設、あるいは患者さんやご家族に伝えたときに、意味を理解してもらえない言葉や違った捉え方をしてしまう言葉もビッグワードにあたります。ですので、おそらく業務のなかで何十個とビッグワードを使ってしまっているはずです。
では、ビッグワードを使ったコミュニケーションを避けるためには、どうすれば良いのでしょうか?答えは簡単、「具体的には」という言葉を使うだけです。ビッグワードという抽象的な言葉は、「具体的には」という言葉を使ってしまえば、具体的に説明せざるを得ないからです。このように、「脳みそに強制(矯正)ギプス」をはめながら、まずは、言葉を具体的に表現する訓練をしていってください。
ノンテクニカルスキルで最も重要なレシピ(2W1H)と隠し味(ビッグワードを具体的にする)という2つの技術を学びました。
能力開発は反復練習の世界です。ノンテクニカルスキルにはおそらく何百という技術がありますが、例えば200コの技術を1回ずつ練習しても、どれも身につかずに時間と労力の無駄になってしまいます。それだけならまだしも、技術にならない学びをしているだけでは、単なる「知識コレクター」になってしまいますが、当然ながら、みなさんは別に知識コレクターになりたくて医療者として働いているわけではないはずです。
時間も労力も限られるのであれば、いかに能力として身につける技術を「絞り」、それを何百回何千回と反復練習するかです。それを「自転車の乗り方を覚える」と言っています。自転車に乗るのに、マニアックなアレやコレやの知識は必要ありません。ひたすら乗る練習を繰り返していくだけ。自転車は、一旦乗れるようになれば、一生乗れると言います。それはなぜかというと、自転車の乗り方を覚えたからです。ノンテクニカルスキルも全く同じ。レシピ(2W1H)と隠し味(ビッグワードを具体的にする)のたった2つの技術をとにかく「組織」で反復練習し、誰もが当たり前に使える技術にしていってください。
料理は、単につくり方を教えてもらうのではなく、実際に自分でつくって食べてみることが大切です。このシートは、様々な医療機関で実際に使ってもらっている問題解決プラン作成シートです。もちろんみなさんも自施設でご自由にお使いいただけます。部署のカンファレンスやミーティングなどの会議の場で、それも難しければ他のスタッフ数人と一緒に、まずはレシピ(2W1H)と隠し味(ビッグワードを具体的にする)の2つの技術を使って問題解決の議論をしてみてください。そのあとは、ひたすら反復練習。すぐに上達を求めるのではなく、最初はとにかく「慣れる」ことが重要です。そして、地道に、愚直に組織全体にノンテクニカルスキルを広めていき、当たり前にしていってください。
参考スライド元:MEDIPRO!代表 佐藤和弘氏
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