組織変革までの道のり


医療介護の現場は負の財産だらけ!?

医療で代表的な現場の「困りごと」です。

ただ、さらに現場スタッフを苦しめているのは、単に業務が忙しいのではなく、それが「不毛な多忙」になってしまっていることです。成果が出ている実感がないのに、ただただ多忙な業務をし続ける。これでは、「こんなことをするために苦労して医療者になったわけじゃないのに・・・」と落胆しても仕方ありません。

業務が忙しい!

人が足りない!


 このような不毛な多忙が起こるのは、「人を動かすマネジメント」に原因がありますスタッフは誰しも、自分の強みを最大限に生かせる業務に配置されたいと考えます。そして、そこで努力した結果は適正に評価され、それにもとづいた(内的・外的)報酬もらいたい思います。こうして実感を得ることができたら、さらに業務で能力を生かすための育成を求めるはずです。したがって、これら4つの視点をどのように最適化していくかを考えるのが、入職したスタッフに対して行うマネジメントです。このマネジメントのポイントは「整合性」。つまり、4つの視点が歯車のように噛み合って初めて、有効に機能するといえます。

  

一方で、入職前に行うのが採用のマネジメントです。人を動かすマネジメントにおいて、この採用のマネジメントが8割を決めるといっても過言ではないほど、組織というバスに乗せるべきスタッフを乗せ、乗せるべきでないスタッフを乗せないようにすることは重要です。加えて、退職のマネジメントも重要です。万が一、施設や組織に恨みを抱えたまま辞めてしまうと、本人はその恨みを晴らしたいと考え、地域に風評被害を撒き散らすかもしれません。医療は口コミが広がりやすい業界ですから、「この地域で就職先を探しているけど、そんな施設はやめておこう・・・」と、風評被害は当然採用に影響してしまいます。

  

これら6つの視点が、人を動かすマネジメントの全体像です。したがって、スタッフが不毛な多忙に陥る原因が、これら6つの視点のどこにあるのかを考えることが重要になります。


 人を動かすマネジメントを考えることはもちろん重要です。現在の医療は、この6つの視点ですら、ほとんど機能していないといっても過言ではないからです。ただ、残念ながらこれだけでは意味がありません。なぜなら、「人は組織に従う」からです。組織というムラ社会に生きるムラ人であるスタッフは、そのムラの掟に従って生活しています。いくらスタッフ自身が「こういうことをしたい!」と思うことがあっても、それがムラの掟と反することであれば、たとえそれが正しいことであっても、行動に移すことができません

 では、そのムラの掟とはなにか。それが「空気」です。したがって、人を動かすマネジメントを行う前に、組織を動かすマネジメントである「空気のマネジメント」を行っていく必要があるのです。


 医療はスタッフ個人にOJT(業務のなかでの教育)やOff-JT(業務以外での教育)を通じて、あるいは本人の個人学習と成長によって、現場を変えていくことを暗黙の前提としています。

しかし残念ながら、いくらOJTOff-JTを行っても、個人学習をしても、現場は変えられません。これが、人を動かすマネジメントの限界であり、個人の学習の限界。個人は組織の空気に抗うことができないからです。



 人間の身体にホメオスタシスが働くように、実は組織も放っておけば「このままでいい」「変わりたくない」という現状満足の空気が広がっていきます

そうした組織は、変化に適応するよりも、新しいことを受け入れることを拒み排除する、「排除の論理」が働きます

それが「村八分」現象です。



空気の支配

 このような空気の支配の恐ろしさを理解するためには、過去の有事から学ぶことがとても大切になります。


 ここから学べることは、専門家や権力者であったとしても、空気に支配されてしまうと不合理な決断を「せざるを得なく」なってしまうということです。これは、極めて重要な歴史の教訓です。

 過去の有事の体験者は、「文化」でも「風土」でも「雰囲気」でもなく、「空気」という言葉を使って当時を振り返っています。これは、当時の組織のなかの人たちが感じていた「目に見えないなにか」を表現するときに、最もふさわしい言葉が「空気」であったことを表しています。


この空気の支配は、決して過去の有事だけの出来事ではありません。たとえば、医療現場の多くの管理者が、スタッフとの面談に関してこのようなことを思うはずです。みんながいい事を言うのであれば、現場でそれを実践すればいいだけのこと。なのに、なぜそれができないのでしょうか。そこに、スタッフ個人個人の意識や能力の範疇を超えた強大な力が働いているとしか考えられません。それが空気の力なのです。


 人を支配する空気がなぜつくられるのか。それを理解するためには、「医療現場には2つの世界がある」という事を知る必要があります。それは、「合理」の世界と「情理」の世界です。合理の世界とは、「正しいかどうか」の世界

医療はエビデンスにもとづいて業務を行わなければならないことは、言うまでもありません。一方で、臨床では正しいかどうかとは全く別の情理の世界、つまりそれを「どう感じるか」の世界もあります。皆さんも、「言っていることは正しいけど、あの人にだけは言われなくないよね!」と思わず考えてしまうような相手に出会ったことがあるはず。これはまさに、「合理的には理解できるが、情理的に納得できない!」ということを意味しています。いくら正論を振りまいたところで、相手に納得してもらえなければ、絵に描いた餅になってしまうのです。

これまでの医療は、合理の世界にこだわり過ぎて、情理の世界を軽視してきたのではないでしょうか?そして、それによって不幸な人たちを生み出してきたのではないでしょうか。特にこれからのAI(人工知能)などのテクノロジーが医療そのものになっていく時代、合理の世界が得意中の得意である人工知能と人間が、生存競争を繰り広げても意味がありません。そのような不毛な対決に時間と労力を費やすのではなく、これからは情理の世界に目を向けていく必要があります。


人間は弱い生き物だった

 この情理の世界の背景にあるのが、「人は性善説でも性悪説でもなく性弱説にもとづく」という考え方です。あるスタッフが正しいとわかっていることを行動できないのも、間違っているとわかっていることを行動してしまうのも、そのスタッフが悪い人なのではなく、「弱い人」だからです。したがって、組織変革を行ううえでは、性弱説にもとづいてすべてのスタッフに働きかけていかなければ判断を誤ってしまう。それでは、これからも不幸な人たちを生み続けてしまいます。

「組織は人だ!」と言い切れない理由

 なぜ、人を動かすマネジメントだけでは意味がないのか。なぜ、いくらスタッフ個人に働きかけても意味がなかったのか。その理由がわかったはずです。空気から目を背け、これまでと同じようにスタッフ個人に働きかけてしまうと、そのスタッフと組織の空気のギャップが大きくなり、さらに本人を苦しめてしまうことにもなるのです。したがって、これまでの伝統的なマネジメントを健全に批判し、人そのものから空気へとマネジメントする対象を変えていかなければなりません



 これから空気のマネジメントの方法を学んでいく前にまず必要なことは、「自組織の空気を知る」ことです。

 

 目に見えない空気を認識するために重要なことは「言葉にする」こと。空気と一言で言っても、組織によって様々な種類の空気が存在します。では、皆さんの組織の空気は、どのような言葉で表現できるでしょうか?周りの仲間とともに考え、言葉にしてみてください。


 過去の有事から学んでいると、当事者がこぞって使うことがあります。それは「やらざるを得なかった」「せざるを得なかった」「言わざるを得なかった」という言葉です。これは、つまり「自分の意思ではない」ということを弁明していることに等しい。したがって、このような言葉が適していると感じる光景に出合ったときは、そこに行動を強要させるなんらかの空気が存在していると考えることができます。

 では、そのような空気はだれによってつくられているのか。これを理解するために重要なのは、スタッフ個人レベル(固有名詞レベル)で捉えるのでも、全体を漠然と捉えるのでもなく、組織を構造的に捉えることが非常に重要です。

それは・・・


上の2割は「推進派」のスタッフ

真ん中の6割は「慎重派」のスタッフ

 の2割は「抵抗派」のスタッフ


 2:6:2の法則は、組織の原理原則です。したがって、「自分の組織のスタッフはけっしてそうではない!推進派はもっといるはずだ!」と思いたい気持ちはひとまず脇に置いてください。この2:6:2は、「AさんBさんを比べたら、Aさんが推進派・・・」といったようにあくまでも「相対的」なものですから、どんな組織であれ、必ず2:6:2に分けることができます(ですので、もちろん組織によっては、同じ2:6:2でも様々なレベルの違いがあります)。

 空気のマネジメントには、組織の2:6:2の法則という羅針盤が必要不可欠です。なぜならば、どの層にいつどのように働きかけるべきかが異なるからです。したがって、まずは自組織のそれぞれの層がどのようなスタッフで構成されているかを、正確に把握することが大切になります。そして、それを考えるにあたり、2つのポイントを押さえておく必要があります。


 1つ目は「職位が高いスタッフが推進派とは限らない」ということ。医療では、臨床経験が長いスタッフやテクニカルスキルに優れたスタッフが管理者になる場合が一般的ですが、経験や能力が高いから推進派であると暗黙的に捉えてしまうと判断を謝る場合があります。


 なぜならば、実は職位が高いスタッフほど抵抗派であることが少なくないからです。よく考えてみればこれも当然のことで、もし職位が高いスタッフが推進派であれば、すでに組織変革が推し進められているはずだからです。そうではなく、現状満足の空気に支配されているからスタッフが不幸になっているのであれば、まず健全に疑うべきは、「管理者が抵抗派になっていないかどうか」です。

では、なぜ職位が高いスタッフが抵抗派になってしまうのでしょうか。組織のなかで認められ管理者になれたのは、その当時の環境に最も適応できたからです。しかし、環境は常に変化していきます。変化に適応する者が生き残るということが生物の歴史であれば、変わり続ける環境に適応していく必要があります。それなのに、過去の環境に過剰適応してしまうと、未来の環境に適応できなくなってしまうのです

過去の栄光や実績、それを獲得するために払った犠牲や努力を無駄にしたくないと考えるのは、性弱説にもとづく人の自然な反応です(これをサンクコストと言います)。しかし、それによって環境変化に適応できなくなると、それらを守ろうとするあまり、新しいことを受け入れずに排除しようとしてしまう。これが、職位が高いスタッフが抵抗派になるメカニズムです。


2つ目は、「一見仕事ができるスタッフが推進派とは限らない」ということ。例えば、いつも忙しそうに仕事をしているのに、他のスタッフに仕事を渡さないスタッフがいます。「私だけこんなに業務があって忙しい!」と嘆くのであれば、他のスタッフに業務を分担してもらえばいいだけです。なのに、なぜ仕事を渡さないのでしょうか?

それは、「忙しそうに仕事をこなし、これだけ頑張っている自分を認めて欲しい」からです。実は、抵抗派のスタッフは、性弱説にもとづけば最も「弱い」人間です。こう言うと、「あんなに声の大きい人が弱いわけないじゃないですか!?」と思うことでしょう。しかし、もし弱い人間でなければ、わざわざ他のスタッフを批判したり、足を引っ張ることで自己主張するような不毛なことをせずとも、推進派のように文句も言わず愚直に行動し続けるはずです。粛々と業務を行い、その成果で他者に認められる自信がないから、声を大きくして認めて欲しいとアピールしているのです。


推進派をみつける基準!

 2つ目は、「一見仕事ができるスタッフが推進派とは限らない」ということ。例えば、いつも忙しそうに仕事をしているのに、他のスタッフに仕事を渡さないスタッフがいます。「私だけこんなに業務があって忙しい!」と嘆くのであれば、他のスタッフに業務を分担してもらえばいいだけです。なのに、なぜ仕事を渡さないのでしょうか?

それは、「忙しそうに仕事をこなし、これだけ頑張っている自分を認めて欲しい」からです。実は、抵抗派のスタッフは、性弱説にもとづけば最も「弱い」人間です。こう言うと、「あんなに声の大きい人が弱いわけないじゃないですか!?」と思うことでしょう。しかし、もし弱い人間でなければ、わざわざ他のスタッフを批判したり、足を引っ張ることで自己主張するような不毛なことをせずとも、推進派のように文句も言わず愚直に行動し続けるはずです。粛々と業務を行い、その成果で他者に認められる自信がないから、声を大きくして認めて欲しいとアピールしているのです。

 これらの2つのポイントを参考にしながら、皆さんの組織を2:6:2に分け、それぞれの層がどのようなスタッフで構成されているのかを考えてみてください。


子離れ問題に向き合う

 組織の2:6:2の法則を羅針盤に空気のマネジメントを行っていく前に、変革リーダー自身の心の準備として、自問しなければならない問題があります。


 それは、"子離れ問題"です。トップも含め変革リーダーは、スタッフに主体的・自律的に現場の問題解決をしてもらいたいと純粋に思っています。そして、そのためにできる限りの手助けをしたいと、「善意」で手や口を出します。しかし残念ながら、それが大抵スタッフにとって「ジャマ」になってしまっていないでしょうか。この「小さな親切大きなお世話」現象は、変革リーダーが子(スタッフ)離れできていないために起こる現象です。

もちろん、変革リーダーは誰しもスタッフをジャマしようとして手や口を出すのではありません。ですが、善意だからこそ厄介で、変革リーダーはジャマしていることに気づかず、スタッフも「そうはいっても私たちのことを思ってのことだから・・・」と否定できない。結果、子離れ問題が放置され続けてしまいます。

人は「修羅場体験」が育てます。変革リーダーが子離れできずに手や口を出してしまうということは、その成長機会を奪っていることに等しいのです。このように考えると、「可愛い子には旅をさせよ」を実践するために、いかに変革リーダーが子離れ問題に向き合うかがとても重要になるのです。これは、変革リーダー自身が自問するしかありません


 スタッフの成長機会を奪わないようにするためとはいえ、なぜそこまで子離れ問題にこだわるのでしょうか?たとえスタッフが成長できなくても、トップダウンで現場の問題解決プランを立てればいいのではないでしょうか?

残念ながら、トップが現場の問題解決プランを正しく立てることはできません。なぜならば、現場から最も遠い場所にいるからです。べき論ではなく現実論の問題は現場で起こっており、それを本当に正しく理解し解決できるのは、その問題の一番近くにいるスタッフだけです。

つまり、トップは「海のスイカ割り」をしているのと同じ。目隠しをして棒を闇雲に振りまわしていては、スイカ(問題)に当たらないどころか、周りの人たち(スタッフ)を怪我させてしまうかもしれません。したがって、怪我人をつくらずスイカを割るためには、周りの人たちに「もっと右です!」「あと3歩前です!」とスイカの位置を教えてもらわなければならない。そのためには、周りの人たちにノンテクニカルスキルを身につけてもらい、正しいスイカの位置と割り方を教えてもらうしかありません。

これが、トップが正しく棒を振り下ろす(決断する)ために、スタッフにノンテクニカルスキルを高めてもらわなければならない理由です。


学びを与えるのではなく、学び方を教える

 これは言い換えると、「魚を与える」のではなく「魚のつり方」を教えるという、トップダウンのマネジメントの大転換が必要になるということです。


 そして、「魚のつり方」というのがまさに、あるべき姿と現状のギャップための技術(ノンテクニカルスキル)を学ぶことを意味します。スタッフが自分たちの力で問題解決する組織に変革することによって初めて、現状満足の空気から脱却することができるのです。


したがって、まずは「ノンテクニカルスキルとは」のページに移り、スタッフを集めて組織でノンテクニカルスキルの基本を一緒に学んでください。このノンテクニカルスキルの組織学習が、組織変革の準備において最も重要となります。これを経なければ、組織変革はスタートすら切れません。


共通言語をつくる

 問題解決の自転車の乗り方を覚えると組織のなかに生まれるのが、「共通言語」です。

共通言語とは、「同じ言葉を使って同じものの見方ができる」ということ。これまでのチーム医療や多職種連携の議論で抜け落ちていたのが、この共通言語づくりです。いくら制度をつくっても、肝心の共通言語がなければ正しいコミュニケーションはできません

同じ日本語でも、方言の違い(医師は医師語、看護師は看護師語など)があるようなものです。したがって、正しいコミュニケーションをするために、標準語(共通言語)を部署や職種を越えて使わなくてはならないのです。

 共通言語の大切さがわかると、「なかなか2W1Hを使えるようにならないんですけど・・・」という声の理由がわかります。

そうです、「使えないのは使わないから」なのです。

 そして反復練習といっても、それは何回何十回というレベルの話ではありません。テクニカルスキルの世界では、穿刺技術1つ高めるのも何百回と反復練習が必要なように、ノンテクニカルスキルの世界でも、2W1Hを現場で何百回と反復練習しなければ、組織での使い方に「慣れていく」ことはできません


 一般的に、組織学習というと研修をイメージしますが、それよりもはるかに重要なのは、現場で組織学習を行うこと。なぜなら、スタッフはほとんどの時間を現場で過ごし、その現場でしか本当の問題はわからないからです。したがって、現場で組織学習するためには、具体的かつシンプルな実行計画が必要不可欠になります。

研修で学んだノンテクニカルスキルを、次の日に現場で喜んで使いたがる人はいません。現場には現状満足の空気で支配されているために、排除されてしまうのが目に見えているからです。したがって、「明日から使っていってください」程度のお願いでは、誰も使いませんし、使えません。そうではなく、「明日から使っていきます!」という強制をして、スタッフに「私はやりたくないんだけど、やれと言われたから仕方なくやるんです・・・」という言い訳を与えて「諦めさせる」ことが、やらざるを得ない理由づくりに重要なのです。

では、どのような実行計画を立てればいいのでしょうか。

答えはシンプルで、「問題解決シート枚数を競う部署対抗戦を開催する」ことです。複数の部署のスタッフが集まってノンテクニカルスキルの組織学習を行ったあと、3ヶ月ごとに期限を区切り、問題解決シートをどれだけ多く作成するかを部署対抗で競争してもらいます。

 

ここでのポイントは「質」には一切こだわらないこと。

 

理由は2つあります。1つは、質の評価は難しいからです。A部署よりB部署の問題解決の質が高いと判断しても、B部署のスタッフにとってみれば「私たちの部署の問題解決の方がすごいのに、なんでわかってくれないの!?」といったように、不公平感を感じてもおかしくありません。人は不公平感を嫌う生き物です。特に組織変革の初期段階において質を評価するということは、そのような状況をつくらせてしまう危険な行為と考えてください。

一方で、「量」、つまり問題解決シートの枚数を評価するのであれば、公平な評価をすることができます。なお、「部署によってスタッフ数に違いがあるので、部署対抗にすると不公平なのでは?」という意見もあります。しかし、部署で問題解決するうえでは、スタッフ数が多いことは必ずしもメリットにはなりません。なぜならば、スタッフ数が多い方が議論したり決断するのに時間と労力がかかるからです。逆に、スタッフ数が少なければ迅速に議論し決断することができ、問題解決シートの枚数を増やすことができます。

問題解決シートは、組織で使ってこそ意味があります。空気を変えるためには、「皆で同じことをやっている感」を演出するのが大切だからです。したがって、基本的には複数のスタッフ単位で問題解決シートを使い議論してください。そのうえで、部署対抗戦を始める前に、上記の理由を各部署のスタッフに説明してから、対抗戦を始めてください。

ただ、例えば1人の部署と20人の部署など、あまりに大きな人数の差がある場合は、やはり不公平感が生まれます。その場合は、「1人当たりの枚数」で評価してください。


実は問題解決シートは3つの種類がある!

 部署対抗戦を繰り返し慣れさせていく問題解決シート。実は、この問題解決シートには、先ほどのシート以外にも2つの種類があります。それを紹介する前に、問題解決の全体像をご紹介しなければなりません。

問題解決の全体像は、世界地図になぞらえて六大大陸でできています。まず踏破すべきなのは問題】【原因】【対策という三大大陸です。一方で、問題の大陸を正しく踏破しようとするならば、必ず現状の大陸を正しく踏破する必要があります。これが、「ノンテクニカルスキルとは」の2W1Hで紹介した最初の問題解決シート1.0です。

ダウンロード
問題解決プラン作成シート 1.0
2W1H 1.0.pdf
PDFファイル 15.8 KB

 一方で、現状の大陸だけでなく、あるべき姿の大陸も正しく踏破しなければ、問題の大陸の正しい踏破はできません。

それが、問題解決シート2.0です。

ダウンロード
問題解決プラン作成シート 2.0
2W1H 2.0.pdf
PDFファイル 17.9 KB

問題】【原因】【対策】【現状】【あるべき姿の五大大陸は、すべて手段に過ぎません。最も大事なことは、目的という最重要大陸を踏破することです。誰のため、なんのために問題解決をするのか。この目的という原点に常に立ち返りながら、残りの大陸の踏破に臨んでいかなければ、往々にして「手段の目的化」が起こってしまいます

この六大大陸の完全踏破版のシートが、問題解決シート3.0です。

ダウンロード
問題解決プラン作成シート3.0
2W1H 3.0.pdf
PDFファイル 18.3 KB


ではなぜ、わざわざ問題解決シートを3種類も用意し、わざわざ小出しにするのか。なぜ、いきなり問題解決シート2.03.0を使わせないのか。その理由は、組織で問題解決の考え方に慣れるためには、とことんシンプルでなければならないからです。

問題解決シートは順番に反復練習!

例えば、問題解決に慣れていないのに、「ではあるべき姿はどのようなことでしょうか?」と聞いて、明確に答えられるでしょうか。「いきなりあるべき姿とか聞かれても、考えたこともないのでよくわかりません」という反応が返ってくるのが目に見えています。同じように、「では目的はなんですか?」と聞いても、「患者さんのため」「最適な医療を提供するため」などといったように、「そりゃそうですよね」と思うような漠然とした答えしか返ってこないでしょう。さらには、「目的あるべき姿の違いがよくわからないのですが・・・」といったように、正しいことを考えさせようとして、むしろ混乱させてしまうだけです。

学術が「正しいかどうか」を求める世界であれば、臨床は「役に立つかどうか」「使い物になるかどうか」の世界です。

いくら正しいことであっても、それが現場で使い物にならなければ絵に描いた餅に終わります。。しかも、ノンテクニカルスキルは、組織のスタッフが全員で使えなければ意味がありません

このように考えれば、問題解決シートはできる限りシンプルにしたもの(問題解決シート1.0)から使っていき、組織で反復練習をし、段階的に問題解決シート2.03.0に進化させていくのが正攻法になるのです。


ここで、問題解決シートを量産していくうえで陥りがちな罠を押さえておく必要があります。それは、問題解決シートを使う目的は、あくまでも「考え方を養い慣れさせる」ことであって、「シートを提出する」こと自体ではないということです。ともすると、このようなシートは「報告書」的な位置づけになってしまい、提出すること自体が目的化してしまいます。そうなると、「期限がせまってきたから、早く出さなきゃ(汗)」といったように、宿題感覚でしか問題解決を捉えることができなくなってしまいます。

極端な話、問題解決の考え方が頭の中で整理でき、それを当たり前のようにコミュニケーションに使っていくことができれば、シートなんて必要ありません。ただ、人は目に見えないものを意識し続けることは難しいために、シートを「見える化アイテム」として使っているだけです。

したがって、部署対抗戦の際は公平な評価のためにシートの枚数で競争はしてもらいますが、「シートの文字を埋める」「シートを提出する」ことが目的化しないように、ゆくゆくは、シートを使う使わないに関わらず、あらゆる業務の場面で問題解決の考え方を使わせていってください。


ラーメン屋の行列をつくる

空気を変えるために必要なたった1つのキーワード

 これらの準備段階を経て、ようやく組織の空気を変えるための実施段階に進むことができます。では、2W1Hを中心とした問題解決する技術(ノンテクニカルスキル)を組織で共通言語にしながら、どのようにして空気を変えていけばいいのでしょうか。実は、先ほど示した部署対抗戦の実行計画には、その仕組みが組み込まれています。


 注目すべきなのは、この「部署ごとに競わせる」という部分です

 ここでは、単に問題解決シートの枚数を競わせて3ヶ月後に結果発表するのではなく、週単位、できれば毎日、各部署の進捗状況を示しておくことがとても重要になります。この経過報告の一覧は、棒グラフなどで誰でもすぐ理解できるようにわかりやすく表し、できる限り多くのスタッフが日常業務のなかで目にする位置に掲示しておくのがポイントです。

そうすると、最初は推進派の部署が問題解決シートを量産していきますが、途中から、それを見た慎重派の部署が焦り始めます。「ウチもそろそろシートをつくっていかないとヤバいんじゃない!?」。そして、推進派の部署よりも少し遅れてシートを出し始めていきます。

これが、空気を変えるためにやるべきたった1つのこと、

 です。ラーメン屋に行列ができていると、食べたこともないのに「あそこのラーメン美味しそうだな・・・」と感じて、ついつい並んでしまう。皆さんもこのような経験を一度はしてきているはずです。これが意味することは、人は自分で行動を決めているようにみえて、実は他者の行動によって自分の行動を決めているのです。

「ラーメン屋の行列づくり」によって社会的な空気が変わった最近の例に「ハロウィン」があります。ハロウィンは、これまでともすれば変人扱いされてきた「仮装」という行為を、そのシーズンにおいてはアイドル扱いに社会的に変えてしまいました。むしろハロウィンシーズンにおいては、所によっては仮装しないほうが変人扱いされるという「逆転現象」まで起こっています

ではなぜ、仮装という行為は同じでありながら、それが変人扱いされるのではなく、アイドル扱いされるのでしょうか。それは、ハロウィンシーズンにおいては、仮装が「称賛される空気」があるからです。それが、「仮装なんかしたら変人扱いされる!」→「もしかしたら仮装しても大丈夫かも・・・」「仮装しても大丈夫だった!」→「むしろ仮装したほうが称賛される!」という流れができ始め、先に仮装している人に続いて仮装し始める人が出てくるという「ラーメン屋の行列づくり」ができ、それによって社会的空気が変わったのです。

このことからもわかるように、社会的な空気を変えるときも、組織の空気を変えるときも、いかに「ラーメン屋の行列をつくる」かに尽きるのです。


2:6:2のそれぞれの層と空気づくりの関係!



 肝心なことは、慎重派が推進派のほうにラーメン屋の行列をつくればポジティブな空気がつくられ、逆に抵抗派のほうにラーメン屋の行列をつくってしまうとネガティブな空気がつくられるということです。つまり、組織が現状満足の(ネガティブな)空気に支配されているということは、後者のラーメン屋の行列ができてしまっているということに他なりません。

 したがって、変革リーダーがすべきことは「選択と集中」です。 自分の限られた貴重な資源(時間と労力)を、推進派に全力投入する

 そして、推進派にラーメン屋の行列に並んで美味しいラーメンを食べてもらい、慎重派が「そんなに美味しいんだったら、私たちもあのラーメン食べたい!」と思わず行列にならびたくなるように、「ロールモデル」になってもらう



これが、組織変革の一年目に仕掛けていく「ポジティブな空気のつくり方」です。


表向きの組織変革を演出する

 ロールモデルになってもらうということは、推進派が慎重派にとって「憧れる」「羨ましがられる」存在にならなくてはなりません。いくらラーメンを食べていても、それが不味そうだったら行列に並びたいと思わないからです。そのために組織全体に共有するキャッチフレーズが「本当に頑張っているスタッフが報われる」という言葉です。

 空気をつくるためには、一体感を演出する。つまり、「同じ行動を取る」こととともに、「同じ言葉をしゃべる」ことが重要です。たとえ最初は言わされ感満載であっても、「本当に頑張っているスタッフが報われる組織にしましょう!」と一斉に、しかも何度もスタッフ全員に言わせ、耳にタコができるまで何度も聞かせ続ける。そうすると、「これだけずっと言ってたら、たしかにそうなったほうが良い気がしてきた・・・」と、良い意味の勘違いが生まれていきます

では、本当に頑張ったスタッフが報われるとはどういうことか。それは、そのスタッフが「スモールウィン(小さな成功)」を実感するということです。スモールウィンとは、日常業務のなかで自分たちの半径5メートル以内に起こった具体的なメリットのことを意味します

 現場で日々懸命に働くスタッフにとって本当に興味があるのは、ビジョンとか目標といった大げさなことではなく、日々スモールウィンを実感できるかどうかです。したがって、変革リーダーは、いかに推進派にスモールウィンを実感してもらえるかに、自分の資源を最大限費やさなくてはなりません。



 当然ながら、スモールウィンは組織で問題解決した結果(事実)という材料がなければつくることができません。一方で、その事実がポジティブな結果でなければならないかというと、けっしてそうではありません。

それどころか、組織変革の初期段階では、どんな結果の事実でもかまいません(当然、倫理的に問題のある結果などは例外ですが)。なぜならば、石切職人のように事実は意味づけ次第でいかようにもスモールウィンになるからです。



したがって、いかに組織で問題解決した事実を意味づける演出をするかが重要になってくる



 もうおわかりだと思いますが、なぜわざわざ3ヶ月ごとに表彰をするのかというと、組織で問題解決した事実をポジティブに意味づけるための演出の場にするためです。

このスモールウィンづくりこそが、現在の医療に最も欠けている「内的報酬」を設計するということ。極端に言えば、問題解決という新たな業務をさせるのであれば、それにともなった報酬を見返りとして提供しなければ、タダ働きをさせているのに等しいのです。

組織のなかでスモールウィンの残高を増やしていくためには、3ヶ月ごとの表彰の場でスモールウィンを演出するだけでは、まったくもって足りません。重要なことは、そのような非日常の場ではなく、日常の場である現場で、業務のなかでスモールウィンをつくっていくことです。そのために有意義なのが、スタッフ同士のポジティブフィードバックです。つまり、ポジティブフィードバックをルーチン化するのです。

ポジティブフィードバックと言っても、難しく考える必要はありません。それを行うための第一歩は、「でも」「だが」「しかし」禁止令、すなわちネガティブ接続詞禁止令を出すこと。一般的に、「でも」という言葉をつい使いがちですが、そうすると受け手は「これからネガティブなことを言われるんだな・・・」と受け取り、モチベーションが下がってしまうからです。

したがって、わざわざ現状を否定するような「でも」「だが」「しかし」といったネガティブ接続詞を使わず、その代わりに現状を肯定するような「もっと」「さらに」といったポジティブ接続詞を意識的に使ってください

参考スライド元:MEDIPRO!代表 佐藤和弘氏